2008年08月29日
脳展
未知なる小宇宙ともいわれる脳について、少しでも知りたいと思い、本で読んでもよくわからない、大脳、間脳、脳幹、大脳辺縁系、大脳新皮質、脳下垂体だの、前頭連合野、松果体とかの位置や役割を立体的に知ることができる。興味深い。
脳の進化の歴史では、腸から脳が発生したということを知り、驚き。だから腸は第二の脳ともいわれるほど、腸と脳は密接なつながりがあるんだそうだ。
人間の脳は、他の動物と違い、異常な発達をとげて大きくなっていて、それは遺伝物質が関与しているのではないかとも、考えられている。人間の脳は脳自体大きくなるようプログラミングされているのか?まだ大きくなっていく可能性があり、大きくなりすぎて、いつか他の部分とのバランスがとれなくなるのでは、と心配。
ストレスや心の病、脳の病気についても簡単に紹介されている。
「心」はどこにあるか?という古くからの疑問に、現代ではそれは「脳」だと答えが出ている。ギリシア文明では心は心臓にあると考えられていたり、中国では、心は「五臓六腑に偏在する」とも考えられていた。
ニューロンやシナプスについても解説があり、何億ものニューロンという細胞やかなりの種類(20種類ぐらい解明されているらしい)神経伝達物質が関わって、私の脳が働いていて、すごい能力だなと感心するけれど、それだけのことを行っているのにも関わらず、アウトプットされる、私の感情や記憶は、今や、とても単純というか、好悪や喜怒哀楽がワンパターンで、もう少し複雑で高度な発達をとげてもよさそうなのに・・・。と脳に申し訳ない気分です
。 2008年08月28日
「木の葉」でランチ
それに小鉢の「ゴーヤと梨、牛蒡の和え物」は、ゴーヤが苦手な私でも大丈夫でした

ゴーヤが美味しいと思ったのははじめてです。ごく薄く切って煮てあり、梨と薄切り牛蒡とあえてあって、ほんのりしたゴーヤの苦味と梨のさわやかな甘味がマッチしてました。
2008年08月27日
日限地蔵の大祭
たまたま私の誕生日ですので、ご縁を感じて、ここぞとばかり、目一杯願掛けしました。大祭だけあって、普段は奥に祀られていてぼんやりとしか見えない霊験あらたかな日限地蔵もご開帳でした。
小さな瓢箪のお守りは、光にかざして、口から覗くと、私の守護神・大日如来と未が出現します。ご利益がありそうなので、700円で購入。私の身代わりになってくれて、厄除けになるそうです。
2008年08月24日
インド流!
マルカスさんは、インドと日本を拠点に活躍するマルチな方で、立川談志とも漫才コンビを組むほどのユーモアセンスにあふれた方。ガイド中も必ず、なにかしらオチがあって笑わせてくれるサービス精神の持ち主だ。素晴らしいガイドに恵まれ、記念に、彼ともツーショット。
この本には、旅行者ではわからないインドの多様さやユニークさが書かれている。
たとえば、仏教はインドでは廃れてしまっている、というわけではなくて、ヒンズー教の中に取り込まれてしまっているのだそうだ。もともとヒンズー教というのは、インドの土着の宗教で、神様は、役割に応じて、姿を変えて現れる。ブラフマー神、ビシュヌ神、シバ神は三神一体なのだが、ブッダも、ヴィシュヌの九番目の化身として、敬われているのだそうだ。
そう考えると、ブッダガヤの大菩薩寺が仏教のお寺でありながら、ヒンズー教によって管理されているのもうなずける。佐々井上人が、「この寺を仏教徒の手に取り返さなくてはならない」と熱く語っていらしたが、ヒンズー教徒からすると、現状になんら問題はないのだろう。見解の相違といってしまえばそれまでだけど。
ヨーガや修行についての考え方もわかりやすく教えてくれる。
仏跡ガイドの達人であるマルカスさん自身はキリスト教徒というのも、不思議だ。
サンガ新書で700円。お得です。
2008年08月22日
犬身
松浦理英子の新作小説。面白かった!主人公の八束房恵は、犬が大好きで、もしかしたら、前世は犬だったかも、自分の魂の半分は犬なのではないかと子供の頃から思っている。それが嵩じて、犬になりたいと願うようになる。
そして、梓という女性とその飼い犬「ナツ」と知り合い、梓の犬に対する愛情の深さや優しさにふれて、梓の飼い犬になりたいという欲望を抱き、とうとう、夢を果たすのだが・・・。
奇想天外なお話で、作者の妄想も凄いけど、犬と人間という日常的なシチュエーションだけに、すんなりと物語にはいっていける。前作の「親指Pの修行時代」はついていけない部分もあったけど。
大好きな人の一部になりたいとか、所有物になりたいという欲望はわかるな。
物語の舞台は、「狗児市」という架空の町だけど、東海地方のどこかという設定。
2008年08月18日
今日から仕事、そして決勝戦!
今日からレッスン開始。夏休みの間、ずっと楽しませてくれた常葉菊川、とうとう決勝まできました。
仕事で試合を見ることができないので、録画セットして出かけます。打撃もすごいけど、昨年より守備がぐんとよくなってます。そして、佐野監督はじめ、いつもみんな笑顔で心からプレイを楽しんでいる感じで、応援してます。
頑張れ!
2008年08月17日
インド旅日記 デリー見学
ビンズー教のビルラ寺院、ガンジー記念会館を見る。ビルラ寺院は、ビルラ財閥が寄付して作られたお寺で大理石の床は豪華だった。インドのお金持ちのスケールは大きいし、お金持ちは寄付をよくする。ヨーア・アシュラムもすべて寄付で運営されている。
ガンジーが暗殺された場所には、朝、ガンジーが部屋をでて、暗殺されるまでの足跡が残されている。
ガンジーの住居でもあった場所は、記念館となって、ガンジーの業績を残してくれている。インド独立の父である、偉大なガンジー。なぜ彼が暗殺されなくてはいけなかったか、以前映画の「ガンジー」で見たときはよくわからなかったけど、独立に際して、イギリスとの交渉で、インドとパキスタンに分割されるという条件を受け入れてしまったことで、インド人からも恨みを買ってしまったということだ。宗教対立だとか人種問題だとか、複雑な問題を今もインドは抱えている。
ガンジーは非暴力という自分のポリシーを貫いて、インドの独立に生涯を捧げた人。
ブッダガヤでお会いした佐々井上人も、マザー・テレサも、ガンジーも、インドにおいて、自分の使命を知り、それに人生を捧げた、それこそが真のヨーギーですよ、と田原先生からもお話があった。
田原先生とご一緒に旅をして、大きな意味でのヨーガというものを学ぶことができたと感じる。ガンジス川で先生とツーショットさせていただき、いい思い出ができた。
夜7時過ぎにJALで日本に戻る。翌朝、成田到着。最後の2日間は早起きで、機内泊でほとんど眠れずぐったり。日本の暑さがさらにこたえた。インドの旅は終了。
2008年08月17日
インド旅日記 ガンジス川でプージャー
アシュラムでの、夕食後、朝、瞑想を行ったサマディーホールで、サットサンガ。キールタンやお祈りの集まり。私達はゲストとして招かれていて、音楽の演奏も行われた。日本からもお返しにキールタンを歌った。
長い一日だった。アシュラムで一日研修を終え、明日も朝4時起床で、日本に戻る。
2008年08月16日
インド旅日記 リシュケシュの町へ
午後は近くの「ヨーガニケタン」を表敬訪問し、そのあとちょっと自由時間で、リシュケシュのバサールにくりだす。静かなアシュラムを一歩でると、すごい賑わい。
ちょうど一ヶ月はお祭りで、ガンジス川の水をくんで、寺院に供えると良いよい生まれ変わりができると信じている人でごった返している。隠遁地である静かなアシュラムと世俗的な下界の雑踏は「聖と俗」という感じだけど、どちらも神に近づき、神を信じている人たちに変りはない。
つり橋をわたり、対岸のガートから下りて、私達もガンジス川に足だけ入れる。源流だけあって、ヒマラヤから流れてきた水は冷たい。流れも急だし、水量が豊かなのも雨季だからかしら。
2008年08月16日
インド旅日記 アシュラム研修
校長先生の後、シバナンダアシュラムにいる日本人女性のお話があった。ヨーガを一緒にやる予定だったが、流派が異なるので、お話だけにさせていただくとのことで、お話を伺った。NHKで放映された菅野美穂のインド・ヨーガ体験にも登場した人で、私は日本人の女性が、このアシュラムにいることに興味をもっていた。
一つの流派を貫き、深く掘り下げることが大切であり、他の事を学ぶと、迷いが生じるとおっしゃり、純粋で潔癖な方だ。世俗を捨てて、ヨーガ的な生活を送るような人は、やはりどこか違う。もって生まれた特質、霊性があるのだと思う。音楽の勉強をしてヨーロッパに住んでいたこともあったが、自分の人生にはヨーガがとても必要だったから、ここにいることにしたそうだ。
私のように、いろんな物に興味があり、楽しく暮らしたい人間には、とてもアシュラムの生活は送れない。
器がきれいでないと、きれいな考えを持つことができないからアシュラムは菜食主義であること。アーサナの目的は自分の体を忘れること、とお話された。
その後で、日本からのメンバーでいつも通りのアーサナを行い、疲れた体が少しほぐれた。
日本ではヨーガイコールアーサナだけど、インドでは、アーサナをすることはヨーガの一部にすぎず、アシュラムではマントラを唱えたり、祈ったり、講義を聴いたりという事が重要になっている。やはり、来てみないとわからないものだ。百聞は一見にしかず。どんなに本を読んでもわからないことが、体験して少しわかった。
インドの言葉はわからないので、お祈りや経典を理解するのは困難だけど、アーサナで体を動かすことは世界共通の言語であるように、私は感じる。宗教色の濃いインドのヨーガをそのまま、宗教色の乏しい日本でできないだろうし、あまり普及しないだろうな。日本人には日本人のヨーガがあるんだし、それでいいのかなと思う。アーサナが好きだし、気持ちよくなるし、アーサナがないヨーガなんて魅力がない。
アシュラムは特定の宗教を祀っているのではなく、ヒンズー教が色濃いが、シバナンダ師を神として崇めている。あちこちに神様がいる。
2008年08月16日
インド旅日記 リシュケシュ
朝4時起床。5時から1時間、サマディー・ホールでお祈りと瞑想の時間。この場所は亡くなったシバナンダ師のお墓のようになっていて、中央の祭壇に、今もシバナンダ師が安置されている。アシュラムでは、男女別々に座る。ホール内部、四方の壁には、シバナンダ師の生涯を描いた壁画が描かれている。
朝食は7時から。ダイニングルームで。お粥とチャイ。手で食べるけど、日本人にはスプーンがつく。
食事が終了後、宿舎奥の大ホールで、このアシュラムの教頭先生からヨーガの講義を伺う。魂についてのお話。通訳のマルカスさんがいるけれど、魂とか霊の問題は、難しくて、寝不足の頭には入ってこない。一番前に座ってしまったので、居眠りもできず、たいへん。
このホールからのガンジス川の眺めがよい。
2008年08月16日
インド旅日記 リシュケシュへ
朝、パトナから飛行機でデリーへ。デリーで列車に乗りかえる。午後1時にデリー着。列車が午後3時発。その間、2時間ほど時間があってコンノートプレイスという、デリーの大使館街や大統領府、インド門といった、日本でいうと永田町のようなところをバスで見学。
デリーの鉄道の駅は凄い雑踏で、仲間とはぐれないように必死になる。ハリドワールに向かう列車に乗り込む。指定席は3ヶ月前に買わないと手に入らないそうだ。
新幹線並みの列車だというけど、私の席の窓ガラスにはヒビが入っている。
列車のドアは手で開けられて、そこから眺める夕焼けがきれいだった。
四時間列車に乗って、午後7時過ぎに予定通り、ハルドワールへ。もう夜になっていて、町はお祭りのように賑わっている。豪華な飾りをほどこした張りぼての神様たちが町のそこかしこに置かれている。ここは、ヒンズー教徒の聖地で、いつも多くの巡礼者でごったがえしている。
ガンジス川の源流で、シバ神が、ヒマラヤの水を額に受けてできた町、といわれている。壮大なイメージだ。ハルドワールとはシバ神の門という意味。パトナからこの川を遡って1日半かけて、来たことになる。
ここから、さらに車に分乗して2時間、夜九時すぎ、やっとリシュケシュの「シバナンダアシュラム」に到着。
いよいよヨーガの聖地に来た。
アシュラムとは、隠遁所という意味で、静かにヨーガを行い、神様に近づく場所。アシュラムの宿舎はトイレが真っ暗で懐中電灯が必要とか、猿がたくさんいるとか、着く前からいろんな情報が飛び交い、覚悟をしましたが、私達が泊まる宿舎は、新築したばかりで、簡素だが、清潔なユースホステルという感じ。二人部屋にはトイレも、シャワーもあり、安心。というか少々拍子抜け。ただし、ベッドはあって、シーツもかかっているが、上にかけるものはなし。持ってきた洋服を体に巻きつけて寝る。修行をしている気分に少しはなった。明日は4時起床。
2008年08月15日
インド旅日記 インド舞踊
この日は、もう一つ、インドの婚約式のパーティーがあり、日本の結婚式のように盛大に婚約式が行われていた。インドでは、見合い結婚が主流で、親族や血縁のある人通りの結婚や、同じ宗教同士での結婚が当たり前だそうで、この婚約式で、花婿と花嫁の一族が始めて顔をあわせて、お互いの品定めをするために集まる。パトナの要人の家系の婚約式だそうで、大きなホールを貸切り、多くの人が集まっていたようだし、警備の軍人みたいな人も来ていて、ものものしかった。
2008年08月15日
インド旅日記 移動
朝食後は少し自由時間。ブッダガヤを後に、バスでパトナに戻る。バスの道は来た時と同じく、インドの町や村を通る。鉄道の踏み切りの付近には、店が立ち並ぶ。インドでは、踏切が下りていても、列車が通るまで、30分ぐらい待つのは当たり前で、その間に待っている人のために、食べ物さんなどがあり、賑やかな町になっているのだとか。子供達も出てきて、バスを見物している。
車の屋根の上にまで10人ぐらい人が乗っているのも見慣れた。バスのようなオートリクシャで、屋根の上の人もちゃんとお金を払っているらしい。定員の5倍ぐらいの人が乗っているんじゃないかな。
夕方明るいうちにパトナのホテルに着いた。パトナは大きな町で、ブッダガヤののどかさはない。ブッダガヤでは、自由に歩けたが、パトナでは外出が禁じられた。デリー近くでテロがあったということで、州都のパトナも危険だとか。
2008年08月13日
インド旅日記 サリー屋さん
お店は、板敷きになっていて、日本の呉服屋さんのように、棚からいろんな生地を出してくれて、見せてくれる。サリーとかバンジャビースーツが少ないように思った。スカーフやストール、ブラウスをたくさん見せてくれて、ブラウスとストールをお土産に買う。
このお店は問屋さんだそうで、翌日、車で四時間ほど離れたパトナのホテルにも売りに来ていて、驚いた。なんでも、私達がこの店にいたときは、例の客引きがいたことで、あまり品物を出したり、値引きをすることができず、遠く離れたパトナで思いっきり売ろうと思って、私たちのパトナのホテルの情報を聞き出して、やってきたということを後でツアーのお仲間から聞いた。私たちはあまりいい買い物ができなかったわけだ。ホテルでは、たくさんのサリーやパンジャビスーツを安く売りまくっていた。
地元であまり値引きすると、すぐに他の店に情報が伝わり、問屋としては困るらしい。インド人もそれなりに、商売を考えているということを知って面白かった。あの客引きも、紹介者になったり、スパイになったり、忙しい。
2008年08月13日
スジャータ村
たくさん群れている子供達の一人にお金をあげると、みんなにもあげなくてはならない。知らん顔をして歩いていると、ふと10歳ぐらいの少年が近づいてきて、英語と日本語で話しかけてくる。勉強をしているんだけど、本やノートを買うお金がないとか言っている。賢そうな子供だったし、つい100ルピーをあげた。
きっと普通より多くあげたのかもしれない。バスに乗るときにまたやってきて、握手を求めて、私達は友達だとしきりにいう。すごく嬉そうだったから、私もとてもいい事をした気分になった。
後で、人に聞いたら、100ルピーはあげすぎみたい。普通は10ルピーだから、あの子も驚いたのかも。100ルピーといったって、日本円で300円ぐらいなものだから、安いけど、インドの貨幣価値からすると、子供にとってかなり多い額だそうだ。まあ会話が成立しちゃったし、いいかな。
2008年08月13日
インド旅日記 田原先生と
お寺から帰るとき、靴を履くんだけど、水溜りもあったし、座って汚れた足をテッシュで拭いていたら、枯れ木のような老人がさっと寄ってきて、いきなり私の足をつかみ、拭き始めた。びっくりした。頼んでもいないし、断ったけど、全然聞き入れてくれず、私の足よりもさらに汚そうなボロキレで一心不乱に足を拭く。私もあきらめて両足を拭いてもらい、10ルピーあげた。
こんなふうに、頼んでもいないのに、仕事をみつけてくれるのもインド流。
お寺の外でも物売り、乞食にワッと取り囲まれる。ずっと無視を続けるのも味気ない気がして、これもご縁という感じで、ツアーのお仲間も絵葉書を買ってみたり、値切ってみたりと、あちこちで交渉をしている。そろそろインド流に慣れてきたのかな。
2008年08月12日
インド旅日記 佐々井秀嶺大師
法話というより、すごいパワーのアジテーションだった。仏教徒の聖地この大菩薩寺を管理しているのが、実はヒンズー教であることから、「この聖地を奪還し、仏教徒の手に取りもどす闘争」をしなければならず、「世界中の仏教の中心であるこの地が、しっかりしていなければ、仏教の根幹が揺らぐ」と自説を展開され、そのために,インド政府に交渉し、政治的に権力をもち、発言権を強めているという。
久々に、こんなアジテーションを聞いた。インド全国を精力的にまわり、この辻説法を続けているという。
そして、マンセル遺跡、シルブ遺跡など、埋もれて忘れ去れていた仏教遺跡を、発掘調査する仕事も継続中で、日本のマスコミでも紹介されている。
この活動をはじめたのは、あるとき夢枕に仏が立ち、命令されたからだそうで、これが自分の使命だと信じているとのこと。こんな方がインドにいらっしゃるんだという驚き、74歳の今も使命感に燃え、時に激しい口調だが、すべての人を包み込む暖かさと大きさを感じる方だった。
インドのこの聖地で、お話をうかがえた貴重な体験。ヨーガ学会のツアーでなくてはできない体験をさせていただいた。
2008年08月11日
インド旅日記 ブッダガヤ
ブッダガヤは、お釈迦様が悟りを開いた場所で、仏教の聖地。こじんまりした町ながら、巡礼の人々で賑わっている。それまで来た遺跡があまりにも淋しい場所にあり、廃れた感じだったので、ブッダガヤの賑わいがうれしい。ホテルから近い場所に、世界遺産「マハーボーディ寺院(大菩薩寺)」がある。高さ52メートルの塔がそびえて、通称「大塔」といわれるお寺。日本だと、本堂に入るには靴を脱ぐけど、ここでは寺入り口から靴を脱ぐ。日が当たる床は熱い。アショーカ王が紀元前3世紀に建てた寺院が起源だという立派な塔の内部に金色に輝く本尊が祀られている。五体投地をする人、じっとすわって瞑想する人などで賑わっている。
2008年08月10日
ホテルの夕食
2008年08月09日
インド旅日記・ナーランダ大学遺跡
2008年08月08日
インド旅日記・一休み
店からでると、バスの前には村の子供達が待ち構えていて、お金を要求されました。観光バスが止まると、村にいっせいに情報でも流れるんでしょうか!すごい人だかりでした。びっくりしてバスに逃げ込みます。こういうのにもだんだんと慣れていくのですが・・。
2008年08月07日
インド旅日記・バスで移動
2008年08月05日
インド旅日記3
2008年08月04日
インド日記2
2008年08月03日
インド旅日記その1
インドは、私の中ではずっと高い壁でしたが、行ってきてよかったです。インドは呼ばれないといけないとか、インドに行くと、二度と行きたくないか、はまるかどちらかとも言われますが、ヨーガをやっていれば、やっぱりはまってしまいますね。最初で最後かもしれないと思って行きましたが、もう一度行きたいです。で、今回は下見という感じです。団体旅行ですから、楽だった分、制約も多く感じます。
若い時だったら、一ヶ月ぐらい放浪するんでしょうが、時間的にも今は無理。でも、次はどこに行こうかなんて考えてます。
JALの直行便で成田からデリーに入り、その日は空港近くの、豪華ホテル「タージパレスホテル」で一泊。翌日国内線でビハール州パトナに。パトナからバスでナーランダまでさらに四時間。旅のほとんどは移動だったような感じ。行く道すがら、沿道の村々を見ることができました。ビハール州はインドでも一番貧しい州とか。屋台で果物を売っています。

